そこでサティアは椅子の上に立ち、他のクラスの生徒はただ驚くばかりでした。授業の時間が終わり、先生は教室を去ろうとして立ち上がったのですが、椅子が先生に引っ付いて、椅子を引き離すことができませんでした。全く戸惑って、先生はその教室で椅子に座り続けました。生徒は先生の困った様子を見て笑っていました。次の授業のメフボーブカーン先生が教室に入ってきて、前の先生がまだそこに居るのを見ると共にサティアが椅子の上に立っているので驚きました。 その後、学校が終わってから、皆はチトラバティ川の土手を通 って家路につきました。サティアが授業において正しく答え、それによって先生から叱られたためにサティアに対して逆恨みをした数人の生徒が、サティアに対して仕返しをしました。しかし、サティアは平静さを失うことはありませんでした。そして、彼らはサティアに棘の付いた草の実を投げつけました。その棘の付いた実はサティアの髪の毛に引っ付きました。いつものように、神の子はそれらの生徒に対して怒りとか憎しみでは無しに愛を注ぐことによって、彼らにそのような邪悪な行為が恥かしむべき行為であるということをわからせました。
家に着くと姉がその棘の付いた実を取り除いてくれました。母のイーシュワランマが、ことの成り行きを知ってサティアにそのようなことをした生徒たちを叱責すべきだと言ったとき、サティアは彼女に対して、人は良いことと悪いことに対して同じように冷静であるべきで、どのような理由があろうとも誰をも決して恨んではいけないと言って諭しました。サティアにこのようなことをした少年たちは後にその行為を後悔するようになるから、彼は少年たちに何をすることも望みませんでした。イーシュワランマはこのような学者が言うような回答と説明を小さな子供から受けてただビックリするだけでした。 少年のクリシュナが如何にしてゴーピカの服を隠し、クリシュナが大人になってからドラウパティが邪悪なドゥシャーダナによって服を脱がされているときに、如何にしてドラウパティに途切れることなく布を提供したかと言うことをサティアが話すとき、サティアの友達たちはまたサティアの博識ぶりを知るのでした。サティアの友達たちはサティアがプラーナ等について適切な説明ができる点にただ驚くばかりでした。 ある日サティアが姉や近所の人と遊んでいるときに、乞食が何か食べ物をねだっている声が外から聞こえてきました。彼の兄のセーシャマ
ラージュは乞食に「行け」と言いましたが、子供のサティアは部屋の奥に入って食べ物を持ってきて乞食に与えました。セーシャマ
ラージュはサティアに、このように乞食に食べ物を与え続けるのなら、家でサティアが食べる分をなくすことになるといいました。サティアはあっさりと食事を食べないことに同意しました。そして、イーシュワランマが子供たち皆を食事に呼んでも、サティアは既に自分の食事の分を乞食に与えたから食事なしで済ますと言って食べることを拒否しました。そして、彼は、神は乞食を含めてどのような形を取ってでも顕れることができ、お腹の空いた人とか困った人に食事を与えることは神に与えるのと同じように良いことなんだと、皆に言って聞かせました。イーシュワランマを始め他の家族の者は、サティアが食事を取るように気を変えさせようとしましたが無駄
でした。 |
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