サイババの御言葉:キングダム・オブ・マザーサイ母なるサイの王国

日付:1981年2月5日・場所:アナンタプル市
サティヤ サイ女子大学における御講話より

キングダム・オブ・マザーサイ 母なるサイの王国


人が心(マナス)を主人にするならば、
心はどんな野獣よりもひどく人に苦を負わせる
人が理智(ブッディ)を主人にするならば、
理智は生けるものの主として、人を高く引き上げる
善いことを意志すれば、幸せになる
悪いことを意志すれば、悲しみを味わい、困難に陥る
まったく何も意志しなければ、平安でいられる
これは真理、すなわちサイの言葉なり


神聖なアートマの化身である教師と学生の皆さん、

人間は、科学と技術において計り知れない進歩を遂げました。ところが、道徳の分野においては、心の狭い皮肉な考え、視野の狭さ、そして、利己主義や慢心や嫉妬心をはじめとする悪い特質の邪悪な影響力を、いまだに取り払うことができずにいます。この状況の根本原因を調べてみると、人間のハートの中に深く根づいたエゴ〔アハンカーラ、自我意識、我執〕の結果であることがわかります。エゴは人間を操り人形の地位にまで引きずり下ろしてしまいました。エゴは人間の思考と言葉と行動を汚します。エゴは物質的な富を集めて貯め込むよう人に指図します。エゴはアートマ〔真我〕が外に向かって輝くことを許しません。エゴの覆いが取り除かれるなら、アートマの真髄は、至福(アーナンダ)と英知(グニャーナ)と共に明らかにされるでしょう。

時間はとても貴重です。たとえ30秒でも無駄にしてはなりません。過ぎた時間は戻せません。時の車輪は誰のためも止まってはくれません。ですから、自分の思考と言葉と行動を調べて、それが貴重な時間を使う価値のあるものかどうかを見なさい。死はつねに頭の上で鋭利な刀物を振り回しています。ところが、多くの人は、この差し迫った避け難い事実を気にも留めずに、自分のために豊かで繁栄した豪奢な生活を築く計画に夢中になっています。人々は、もっといい日が来るという夢と希望を抱いて生きているのです。この計画と希望を灰に変えることができるのは英知だけです。

教育は視野を広げなくてはいけない

皆さんは、生計を立てるためにこの大学で教育を身に付けようと努力しています。しかし、富を得ること、富を正しく使うこと、富を安全に保つことは、至難の業です。富を貯め込むと、虚栄心と慢心がさらに油断のならないものになります。その結果、人格が低下します。ヴェーマナ〔テルグの詩人〕は、「財産を失うと自分の悪い性質も弱まり、自分のことも他人のことも傷つけることがなくなる」と語っています。子牛が大きくなれば、角はさらに長く、頑丈になります。それと同じように、慢心が大きくなれば、貪欲と妬みという角は、より強く、頑丈になります。現行の教育は、法と正義と道徳という、特に注視すべき3つの分野の根に水を与えていません。胃袋のための食べ物を重視する制度が、生徒たちを独立独歩の強い人格を必要とする人生の困難に立ち向かえるよう養成できますか? できません。そうした制度は、実に、愛と真理という生来の美徳を握りつぶしてしまうだけです。

教育は根本的な人間的価値を吹き込まなければいけません。教育は全世界と全人類を包みこむための視野を広げなくてはいけません。お金を稼ぐことが目標に掲げられると、虚偽と不正を助長します。そして、家族と地域共同体に視野を限定し、策略、心配、悲しみ、憎悪をもたらします。教育は、人が他の人々を不幸にすることなく幸せに暮らせること、偏見を持たずに、物事、楽しみ、所有物の価値を見極めること、アートマの勝利という一切の中で最も高次で貴重な達成につねに注意を向けることができるよう、人間を備えさせなくてはなりません。霊的な流れがあらゆる努力の源泉としてハートに湧き出なければいけません。女性は家庭と国家と世界の作り手です。あなた方は世代を形作る母親です。ですから、あなた方は、ハートの中に光と愛と英知と至福に向かう熱意を祀らなくてはいけません。

心は放置すると破滅をもたらす

人間の体は個々の魂(ジーヴァ)が安置された寺院であると言われていますが、私はむしろ「人間の体は個々の魂が借り受けた家である」と表現したいと思います。神がその主(あるじ)、つまり大家です。個々の魂はそれを借り受けて、そこに住んでいます。家賃は、善い行い、善い思い、善い言葉、善い振る舞いという形で支払われなければなりません。ところが、借家人は大家を無視して、家賃を支払っていません。そのため、主は借家人に立ち退きを強要せざるを得えません。借家人が家賃を支払わない場合、大家は借家人に家を空ける必要があることを思い出させるために「通告」を送ります。「白髪」が最初の通告です。すると、借家人は髪を染め、その警告に何の注意も払いません。「歯が抜けること」の2度目の警告です。借家人は入れ歯をはめ、この催促状も無視します。「目が白内障になること」が、家を立ち退くようにという次の警告です。すると、借家人は手術の助けによって白内障をやり過ごします。眼鏡をかければ視力も回復します。さらなる警告は、「肌がたるみ、皺が増えること」です。しかし、この警告も顧みられず、借家人は化粧品を使ってその合図を隠します。そこで、大家は特使を送ります。「命にかかわる病気」がその特使であり、特使は借家人に家を空け渡すよう強制しなければなりません。

なぜ、烏(カラス)のように何年も居座っているのですか? たとえ短い期間でも、気高い白鳥のように幸せに生きる方がずっと良いのです。心(マナス、マインド)を抑制し、抑制された心を通じて理想的な人生を送りなさい。心は紙のようなものです。紙は、いったん1つの向きに巻くと、ずっとその向きに丸まったままです。丸まった紙を平らにするには、逆向きに巻かなければいけません。すると、紙は外巻きになります。そうしたら、今度は紙を元の平らな状態に戻すために内巻きにします。放っておけば、心は大惨事をもたらします。共同体やカースト間の摩擦、地域や宗教間の紛争、大学における不満や分裂を見てごらんなさい。人間の原始的な恐れや欲望が、いまだに克服されていないのです。それらは、チャンスがあると様々な形をとって主張し、爆発します。

4軒の家があります。神の家、教育の家、食べ物の家、薬の家です。あなた方はどの家でも、その家が存在する本来の目的であるものを求めなければいけません。当然ながら、ホテルでは食事を求め、病院では薬を求めます。ところが、あなた方は教育の家では教育を求めません。人は、教育のプロセスの中に、別の要求、別の欲望、別の渇望を持ち込んでいます。善い教育が自分にもたらしてくれるものが欲しいという、切望が見当たりません。寺院においても状況は同じです。あなた方は本来の目的を持って寺院に入りますが、中に入ると別の目的を求めます。寺院にいるのに神を悟ることを求めないのです。大学や学校では、真我の教育のプロセスが無関係な活動によって妨げられ、先延ばしにされています。

余暇を神聖な活動に使いなさい

バンガロールのサティヤ サイ大学の卒業生たちが、「キングダム・オブ・サティヤ・サイ」〔"サティヤ サイの王国"という意味のサイ大学の男子同窓会」を結成し、社会奉仕プロジェクトを行うことを決めました。ここ、アナンタプルでも、皆さんは、「キングダム・オブ・マザー・サイ」〔"母なるサイの王国"という意味のサイ大学の女子同窓会〕を結成して地域社会への奉仕を始めることが許可されますようにと、祈っています。もちろん、女子は男子ほど自由にこの分野に挑むことはできません。それでも、自分たちが習った教えを首尾よく実践に移すことはできます。余暇を神聖な活動に使いなさい。もし慈悲深い奉仕というものを信じる気持ちを育むなら、余暇は社会を改善するための大きな価値を持つものとなるでしょう。本校の卒業生たちは、自分の生き方という手本を通じて、他の人々が敬虔かつ意義ある人生を送るよう鼓舞すること、教えることができます。

今、とてつもなく物価が高騰していますが、それは主に人間の欲望が激増しているせいです。欲望を制限して、需要を減らしなさい。そうすれば、物価は下がらざるを得ないでしょう。ヴェーダーンタ〔ウパニシャッド〕が教えているように、ヴァイラーギャを培いなさい。ヴァイラーギャとは「放棄」を意味します。それは、財産や家族の関係を絶つことではなく、心があなたに握らせているものを放棄すること、心が生み出す欲望を放棄するということです。妬みと慢心と貪欲の痕跡をすべて焼き尽くしなさい。あなた方のハートを無私の愛で満たしなさい。他の人々の模範となりなさい。これらの方法によって、この国の人々は必ず平安と繁栄のうちに生きることができるということを、私は確信しています。

翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:Women's Role C21

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