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愛の化身である皆さん! 全宇宙は神の意志によって創造されました。神は宇宙を創造し、宇宙を維持します。宇宙は、最終的に、そもそもの根源である神に融合します。神の意志によって生まれた宇宙は、ヴィシュワという名で呼ばれています。ヴィシュワという言葉は、正確に言えば、「自ら拡張して、至福に満ちているもの」という意味です。神は、一つの目的をもって宇宙を創りましたが、人間はその目的に反する行動をしています。宇宙は、単なる物質の顕現ではありません。宇宙は神が直接顕現したものです。宇宙は、普遍的な存在〔プルシャ〕が手足を持って顕れた具現にほかなりません。宇宙は神の拡張する特質を象徴していますが、このことは、識別
力を働かせることによって、初めて理解できるものです。神は時間と原因を超越しています。 宇宙に存在するすべてのものには、五つの相があります。それは、サット(絶対実在)、チット(純粋意識)、アーナンダ(至福)、ルーパ(姿)、ナーマ(名前)です。最初の三つは永遠の原理ですが、名前と姿は一時的なものです。サット、チット、アーナンダは、名前と姿の基盤です。人間のすべての活動は、名前と姿に基づいています。誰が何をすべきかを決めるのは神です。一部の人々は激性で、また中には鈍性の人々もいます。激性や鈍性の人々は、憎しみや妬みのような、よこしまな性質に支配されています。 人間は、自分たちの感情に基づいて、神にはさまざまな名前と姿があると考えています。そして、サット、チット、アーナンダという三つの主要な原理を忘れて、名前と姿だけが唯一の真実であると考えているのです。実際は、名前と姿は永遠ではありません。しかし、人々は名前と姿に圧倒されて、サット、チット、アーナンダという永遠の原理を無視しています。その結果 、惑わされ、名前と姿の背後にある神の偉大な力を忘れてしまう傾向にあるのです。 神は、パドマナーバ(臍から蓮が生えているお方の意)と呼ばれています。この蓮は、神の意志(サンカルパ)の象徴です。神はまた、黄金の胎をもっているために、ヒランニャガルバとも呼ばれています。神は、「私」という形で万物に内在しているので、ヴァースタとも呼ばれています。「私」という原理は万物に浸透しています。神は特定の名前はありません。人間は神にさまざまな名前を付けました。パドマナーバ、ヒランニャガルバ、ヒランマヤ〔黄金〕等々の名前には、それぞれ深い内的な意味があります。霊性は、神の原理と、神に付けられた名前の内的な意味を説明するためにあります。霊性の道を歩く人は、神の原理を理解し、経験して、それを広めるための努力をしなければなりません。しかし、今日の人間は、霊性の意味を正しく理解していません。人は、霊性というものを誤って受け止めて、霊性とは単に神に礼拝や祈りを捧げ、儀式を行うことだと考えています。人々は、霊性の内的意義と、神に付けられたさまざまな名前の内的意義を教わらなければなりません。 ダルマクシェートラの誕生1968年に、ボンベイ(今のムンバイ)で、サティヤ・サイ・セヴァ・オーガニゼーションの第一回世界大会が行われました。それは、ダルマクシェートラ〔ババの住居とマハーラーシュトラ州のサティヤ・サイ・オーガニゼーションの本部から成る建物〕 の定礎式が行われた時でもありました。インドゥラル・シャー〔当時のサティヤ・サイ・オーガニゼーション国際委員長〕が、ダルマクシェートラの建立の責任者でした。シャーは、スワミのメッセージを広めるために、休みなく働き続けてきました。夫人のサララー・シャーは、シャーの力の源として、シャーを支え続けてきました。サララーは、バルヴィカスと婦人部(マヒラー・ヴィバーガ)の発展に積極的な役割を果 たしました。このようにして、夫婦共に、全世界にサイの運動を広めるために偉大な貢献をしました。二人は高齢になった今も、サイ・オーガニゼーションのために多大な力を注いでいます。 すべての人が神の特質を理解することができるわけではありません。この世は柱も支えもない壁に描かれた絵のように見えます。人は、この世の基盤(アーダージ)とその上に置かれたもの(アーデーヤ)の原理を理解する努力をしなければなりません。ただ単に儀式を行うことだけに時間を費やし、時間を無駄
にしてはなりません。真の霊性は、人間は神の火花にすぎないという真理を理解することにあります。このことは、バガヴァッドギーターに宣言されています。
世界中にサイ・センターがたくさんできています。それぞれのセンターには、固有の歴史があります。ダルマクシェートラも例外ではありません。ダルマクシェートラ建立の際にインドゥラル・シャーが経験した無数の困難は、スワミだけが知っています。当時は、現在ダルマクシェートラが立っている所に行く道さえありませんでした。シャーは棘だらけの藪の中を歩いて、ダルマクシェートラを建設するのに適した場所を見つけなければなりませんでした。シャーは、私の承認を得るために、私にその場所を見せてくれました。それは今のマハーカーリー洞窟通
りに面した所です。シャーはその建設のために一所懸命働きました。シャーの仕事を完成させるために多くの人が手伝いました。他の人々の助けなしには、これだけの規模の仕事を進めることは不可能です。善い仕事を手がけるときは、最初にいくらかの障害に出遭うものです。しかし、決してやる気を失ってはなりません。 どんな人であれ、大きな仕事を達成するには、他の人々の協力を得なければなりません。一体性があるところには至福があります。このカリの時代においては、もはや人々は一体性の精神をもっていません。一体性も純粋さもありません。そのため、人の心には敵対心が侵入し、問題や混乱の原因となっています。実際、今の時代に一番必要とされているものは一体性です。人類の真の力は一体性の中にあります。思考はそのまま行動に表れます。行動はそのまま結果 に表れます。今日、人間が人生のゴールに到達できないのは、神聖な思考を抱かないからです。何よりも先に、人は神聖な思考を抱かなければなりません。 自分は神を愛しているのだと言って、自分自身を騙している人々がたくさんいます。しかし、彼らは肉体意識でいっぱいで、お金や物質的なものを欲しがります。そのような愛は、まったく真の愛ではあり得ません。それは人工的な愛です。多くの人が私に、
決意すべきことを決意し、成功するまでそれを貫くべし
(テルグ語の詩) 現代の帰依者たちは、神すらも甘い言葉と人工的な愛で騙そうとしています。そのような人々は決して神を手に入れることはできません。あなたは揺るぎない信仰心をもっていなければなりません。危険や困難のときでさえ、信仰心はしっかりと定まっていなければなりません。神を経験できるのは、困難なときのみです。「勤勉は豊かな報酬をもたらす」という諺があります。また、「幸せによって幸せを手に入れることはできない」とも言われています。困難を神の贈り物と考えて、正しい精神で受け入れなさい。 サルラー・アンマ〔アンマは母の意〕とインドゥラル・シャーは、当時、無数の困難に直面
しなければなりませんでした。二人は勇気と不屈の精神であらゆる困難を克服しました。二人はボンベイに住んでいますが、あそこは普通
の都市ではありません。Bombay(ボンベイ)はBomb(爆弾)のような所です。ボンベイでは、良いことでも悪いことでも、何をするときにも困難に出遭います。そのような場所にいながら、二人は立派な仕事をしました。実際、インドゥラル・シャーは多くの人々に面
倒をもちかけられました。しかし、シャーは揺るぎない信愛(バクティ)をもって仕事を続け、成功を収めました。どんなことを成し遂げるにも、神の恩寵が必要です。 私は皆さんに、ある小さな出来事を話したいと思います。先月、シャーは私に会うためにバンガロールへやって来ました。そして、私がベッドに休んでいるのを見て非常に悲しみました。口には出しませんでしたが、シャーはスワミが早く良くなるようにと、心の中で祈っていました。シャーは、絶えずスワミの健康を案じていたので、この一ヶ月、食事も睡眠も十分にとっていません。その結果 、体が弱ってしまいました。それまでは、シャーは常に健康を維持していました。シャーには、オーガニゼーションの将来のための計画がたくさんあります。シャーは、それらの計画を実行するための力をスワミに与えて欲しいと祈っています。サララー・アンマとインドゥラル・シャーは、共にスワミの健康を非常に心配して、いつもスワミのことを考えていました。シャー夫婦は他の人々の言葉に影響されることはありません。二人は自分の確信を拠り所としています。 肉体意識を手放してアートマ意識を持ちなさい誰もスワミの健康を心配する必要はありません。スワミには何の危険も降りかかることはありません。スワミは、あらゆる困難や難問を、無傷で通 り抜けます。そして、あらゆる成功を収めるでしょう。肉体面では何らかの変化があるかもしれません。それは一時的なものにすぎず、永続するものではありません。ですから、スワミは、皆さんに勇気をもってほしいと思います。今、私は回復して、こうして皆さんの前に立っています。私が使った薬は何でしょう? 帰依者たちの熱烈な祈りこそが私の薬です。この一ヶ月の間、マドラス(現在のチェンナイ)やハイダラーバードや、バンガロールやムンバイで、帰依者たちは祈りと霊的な活動を盛んに行ってきました。どの家でもバジャンやナーマスマラナが行われました。一部の帰依者たちは苦行や供犠(ヤグニャ)を行いました。このようにして、スワミの健康を祈るいくつもの霊的活動が行われました。私が皆さんの前に立って語りかけることができるのは、そのような熱心なお祈りのおかげです。私自身は、この苦しみを望むことも、それが癒されることも望みませんでした。皆さんが、この体の苦痛が癒されることを望み、祈りによってその願いは叶えられました。この体は私のものではありません。この体は皆さんのものです。ですから、この体の世話をするのは皆さんの責任です。私は体(デーハ)ではありません。私は体に宿る者(デーヒ)です。 肉体は五元素によって作られており、いつかは必ず消滅する
(テルグ語の詩) アートマは、生まれることも死ぬこともありません。また、アートマには痛みも苦しみもありません。皆さんは信じないかもしれませんが、医師たちが、私の腰の怪我の具合を調べました。他の人であれば、普通
に歩けるようになるまで、少なくとも2、3年はかかっていたことでしょう。股関節の大腿骨の頭の丸い部分が砕けて割れたのです。それを支える筋肉はありませんでした。私の骨はダイヤモンドのように硬く、それを元通
りに付けることはできませんでした。そこで、医師たちはそこにスチールを入れて手術をしました。そういう複雑な手術を受けたあと、普通
に歩けるようになるには何年もの年月がかかります。そのようなことはいっさい気にかけず、私は歩き始めました。医師たちは、この体を守るためにあらゆる努力を傾けました。医師たちは義務を果
たしたのです。 腰の骨を折ったとき、私は足を動かすことすらできませんでした。少しでも動かすと、電気ショックのような激痛が走りました。私は医師たちに、
あなたは、疑いのかけらもない、強く、揺らぐことのない信仰心をもたなければなりません。あなたの思いと言葉と行いは一致していなければなりません。強くて揺るぎない信仰心をもっている帰依者は、スワミの恩寵を受けています。このひと月の間に、あらゆる村でバジャンが行われました。人々は、スワミが一日も早く回復してダルシャンを与えてくれるようにということだけを祈っていました。スワミの健康が、すべての人の心の最優先事項でした。私は、私の早い回復を願う帰依者たちから、おびただしい数の電報を受け取りました。多くの帰依者は、非常に心配して、心の中で祈っていました。帰依者の心配は苦行に変わりました。その苦行の力が、スワミに健康をもたらしたのです。帰依者の愛と信愛のおかげで、スワミは今、健康でいることができるのです。私は、自分自身を癒すためには、一度も神の力を使ったことがありません。もし私が神の力を使っていたら、一瞬のうちに苦痛を癒すことができたでしょう。私には、自分は癒されるべきだという利己的な感情がありません。私にはひとかけらの利己心もありません。すべての人が幸福であるべきです。これが私の唯一の欲求です。 すべての人が幸せを味わうべきであるということ――これがバーラタの文化の本質です。今はカリの時代〔末世〕です。この時代には、人々は疑いを持つようになります。特に、大学院を出ていたり、複数の学位
を持っているような、高い教育を受けた若い世代の人々はそうです。カリの時代の影響と、現代的な教育を受けたことで、若い世代が神への揺るぎない信仰を育てることができないのは自然の成り行きです。真夜中の1時、2時といったような時間でも、私がベッドから起き上がって見回すと、サティヤジットとディリップの二人の青年が、一人は私の頭のそばに、もう一人は私の足元に座って、この体の無事を見守っていました。 もう一つ、話しておかなければならないことがあります。スワミの具合が悪かった時期に、世界中の何百万もの人々が、スワミが早く回復するようにと、休みなく祈り続けていました。中には、誓願(ヴラタ)〔断食などの宗教的な誓願〕を立てた人々もいます。スワミの健康に関する、数え切れないほどの問い合わせの電報や電話がありました。特に、アーンドラ・プラデーシュ州議会の(女性の会の)会長であるギーター・レッディーは、ブリンダーヴァンに一ヶ月滞在して、スワミの健康を祈り、何とかしてスワミのダルシャンを得たいと願っていました。その時は、誰もスワミの住居に入ることを許さていなかったので、スワミのダルシャンを受ける機会が得られなかったのです。それでも彼女は、ハイダラーバードでどうしても果 たすべき仕事があったにもかかわらず、強い決意をもって滞在を続けました。その間は、バンガロールとハイダラーバードの間をほとんど毎日飛行機で往復するような状態でしたが、多額の出費や、家でのさまざまな困難も気に留めませんでした。ギーターが心から望んだのは、スワミが早く回復することだけでした。ギーターはスワミを、自分の命そのものと考えていました。それこそが、スワミを喜ばせることのできる、真の愛と信愛です。信愛と神への全託は、どれほど大きな苦しみをも癒すことができます。 神の御名を唱えることでどんな病も治すことができるもう一つの小さな出来事を話したいと思います。米国に一人の病人がいました。その女性は、医師に診断された病気を非常に怖がっていました。心臓に癌性腫瘍があると診断されたのです。彼女は夫と連れ立って、スワミの恩寵を祈り求めてバンガロールに来ました。私は、癌を消してあげるから、もうそのことは何も心配しなくていいと保証しました。一週間治療を受けたのち、癌は消えてしまいました! 小さな悪性の腫瘍が残りましたが、私は医師たちにそれを手術で切除するように指示しました。医師たちは私の指示通
りに手術を行い、彼女は手術の翌日から歩き出しました! その女性は今、非常に健康になって、普通
に生活しています。 それだけではありません。私は9年ほど前に、左目の視力を失いました。その間、私は片方の目でしかものを見ていませんでした。我々の病院の医師たちと、ナラシンハ・ムールティ(ブリンダーヴァンのサイ大学の学寮長)が、私に、腰の骨の手術といっしょに左目の手術も受けてくださいと懇願しました。私は、片方の目だけでも十分働くことができるから、もう一つの目の手術は必要ないと言いました。しかし、彼らの祈りに負けて、私は目の手術も受けることになりました。 私が、プラシャーンティ・ニラヤムのサイ・クルワント・ホールに出ていって朝7時に帰依者たちにダルシャンを与えたいと思ったとき、サティヤジットは、早朝のダルシャンで私の身体にかかる負担を考えて、7時半までダルシャンを待ってくださいと懇願しました。このように、サティヤジットは、どんな瞬間にも私の幸せを気遣っています。サティヤジットだけでなく、崇高な想いをもった帰依者たちは何人かいます。聖者ティヤーガラージャが、「イェンダロー マハーヌバーブル」(偉大な聖者は数多い)という、不滅のキールタン〔独唱〕を歌ったのは、そのためです。 (バガヴァンは、「ハリ バジャナ ビナー スカ シャーンティ ナヒン」のバジャンで御講話を締めくくられました)
2003年7月13日、グルプールニマー |
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