ついにプッシュパギリを去るときが来て、その旨を先生が皆に告げました。皆はバスで帰るのですが、サティアだけは黙ってグループから抜けてカマラプラムに向かう近道である山道を歩きました。
さて、家では義理の姉が家事を取り仕切っており、彼女は2つの大きな壺をサティアに渡して、遠く離れた井戸から水を汲んでくるようにと言いました。少年のサティアは快くその井戸に行き、滑車に掛けられたロープを引いて井戸から水を汲み上げ、棒の両端に2つの壺をつけ、それを肩に担いで戻りました。この水汲みは日課となりました。サティアのカマラプラムにおける学校での勉学が終わり、両親と祖父のコンダマ ラージュのいるプッタパルティに帰りました。 ある日、イーシュワランマがサティアの身体にオイルを塗るオイルバスを行っていたとき、彼の肩に黒ずんだあざがある(両端に水を満たした壺を付けて運んだことによってできた)のを見て驚き、サティアに尋ねました。サティアは、セーシャマ ラージュは忙しくて時間がなかったし、カマラプラムでは深刻な水不足の状態にあったので、自分が遠くの井戸から水を運ぶしかなかったと、いつものように何でもないことのように話しました。イーシュワランマはこのことを知って大変心を痛めましたが、サティアは自分だけがそれを出来る立場にあったのだと言って彼女を慰めました。 時が経ち、サティアは10代に成長しました。サティアの父は、サティアの兄がその時移り住んでいたウラバコンダに彼を行かせてはどうかと言い出しました。セーシャマ ラージュもまたやってきてイーシュワランマに、サティアを彼と一緒にウラバコンダに行かせるように話しました。イーシュワランマは意見を差し挟む立場にないと言いながら、セーシャマ ラージュに「その村には水は豊富にあるのですか?」と尋ねました。この質問によってセーシャマ ラージュは以前サティアにさせたことを申し訳なく恥じ入るとともに、サティアを彼女から遠く離れたところに送る母親の気遣いを感じることが出来ました。 |
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