新年のメッセージ
「私たちは今、古い年に別れを告げ、新しい年を迎え入れようとしています。この二つのことの間には密接な関連があります。一つのものに別れを告げる一方で、もう一つのものを迎え入れるのです。同様に、私たちは、悪い性質に別れを告げ、善良で神聖な性質を迎え入れなければなりません。皆さんは自分の悪い性質を全部神に捧げることができるのです。これは何も悪いことではありません。それらのものを受け取って、皆さんが善い性質を育てるようにと恩寵を与えてくれるのは神だけです。例えば、皆さんが、汚れて破損した、誰も受け取らない100ルピー紙幣を持っているとします。ところが、額面が損なわれていない場合、準備銀行はそれを受け取って、その代わりに同額のちやんとした紙幣をくれます。同様に、もし悪い性質を真撃な帰依の心と悔い改めた心で捧げたとすれば、神だけはそれを受け入れ、皆さんに恩寵を注ぐのです。この原則に基づいて、礼拝者たちは、犯した罪を神に捧げ、神の許しと恩寵を乞うマントラを唱えるのです。キリスト教徒すらも、神に全託するというこの原則に従って、『私は罪を告白します。どうかお救いください』と言うのです。このように人々は、すべての悪い性質を神に捧げ、神から善を受け取ります。
…(中略)…
私たちは、徐々に人間の性質が向上するのを期待することができます。心が変革されて、みんなが神の子供であると考えることができるようになれば、喜ばしいことです。父なる神と人類同胞という考え方を信ずるためには、そのような態度を養う必要があります。肉体は別々であるかもしれませんが、魂は一つです。魂は断片化することはできません。
一つの月が何十万もの壺のなかに映っています。ブラフマン(神)は一つであり、それが、何十億もの生き物のなかに映っているのです。神は唯一無二の存在です。0(ゼロ)の前に1を置けば、0に価値が生じます。この世は0であり、太陽も0、月も0であります。実際、それらはどれも0のように丸い形をしたものばかりです。これらはすべて、その後ろに一つの神が存在する故に価値を持つのです。神のみが唯一の英雄(HERO)であって、それ以外は皆0(ZERO)なのです。
神を皆さんの案内人、また救い主として手放さないでいれば、どのような仕事をしても、必ず成功することでしょう。神こそは唯一の真の友であります。神以外の友達はすべて、皆さんが富を持っている間だけは一緒にいますが、皆さんが一切を失ってしまうやいなや、その友人たちは立ち去ってしまいます。神のみが、いかなる時にも皆さんと共にいる唯一の友達であります。神は常に皆さんと共にあり、皆さんの内にあり、また皆さんの側にいます。したがって、豊かに栄えるための唯一の方法は、神との友情を育てることであります。皆さんは人間である以上、他の人々を幸せにしなければなりません。これが愛です。皆さんの心は愛で満ちています。それを他の人々と分かち合わなければなりません。皆さんが何らかの料理を持っている場合、自分でそれを食べ、また他の人々にその料理を食べさせなければなりません。そうしなければ、その料理は腐ってしまいます。皆さん方は、少なくとも五人の人々に、自分の愛を分かち与えるべきです。この聖なる愛を実践し、体験し、他の人々と分かち合わなければなりません。
このお正月の日に、皆さんは、毎日を愛で始め、毎日を愛で過ごし、愛で満たし、愛で終える決意をすべきです。身分や、信条や、肌の色、宗教、国籍による差別があってはなりません。愛は、一切の差別を知りません。皆さんは、すべての人々が幸せであるように願わなければなりません。心を愛で満たしなさい。国家は繁栄し、世界は繁栄し、すべての人々が幸せになるでしょう。
1994年1月l日 プールナチャンドラ大講堂にて (サナタナ サラティ:英語版1994年2月号より)
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