奉仕部
ナラヤナ セヴァについての 質問にお答えして
オーム サイラム
路上生活者に対する配食奉仕活動を私たちは『ナラヤナ セヴァ』と呼んで全国的に活動しておりますが、これを行うことの是非について帰依者の方から時々ご質問をいただくことがあります。ここで、この問題を皆様と一緒に考えてみたいと思います。
ご質問の要点は、路上生活者を勤労意欲がなく、また他人と協調する努力をしない人たち、言い換えれば努力をすれば立ち直れるのに、それをしない怠惰な人たちと位置づけ、従ってその人たちに配食等の奉仕を行うことは甘えを助長し更生への意欲を阻害するのではないか、というものです。
私たちの調べたところ路上生活者は、立ち直って社会復帰できる人と、それが非常に難しい人に二分されます。前者に属する人は、路上生活に移っても比較的短期間に立ち直り、社会に復帰していきます。この短い期間に奉仕者の温かい愛に触れることは、その人の人生にとって必ずプラスになるものと思われます。しかし路上生活者の多くは、立ち直りたくてもそれができずに路上生活を余儀なくされている人たちです。その原因は、再就職の難しい年齢、病気、アルコール依存症、それに加えて人間不信や、精神病を患っている人も多いことなどが考えられます。この方たちには、人間として生きるために必要な最低限の衣食住さえもないのです。
世の中には、このような状況を招いたのは本人の過去における行いの報いだとして、突き放す人もおります。しかし過去はどうであれ、今その人たちは路上生活者として厳しい環境で、食べる物もなく苦しんでいるのです。
スワミは御講話のなかで、次のように話しておられます。
「他人を、あなたに奉仕を受けるに足る人かどうかと判断してはなりません。彼らが苦しんでいるかどうかだけを見つけなさい。それで資格は十分です。彼等がどのように振る舞っているかを調べてはいけません」
「皆の内にあるアートマを崇めなさい。アートマは皆の内に住む神です。人の悪いところや、悪徳に注意を払う必要はありません。あなたの任務は奉仕をすることで、欠点を探すことではありません。あなたのハートすべてをもって奉仕をしなさい。純粋で枯れることのない愛でもって奉仕をしなさい。目に見えない私の監督と指導の下で、彼らに奉仕し、彼らを苦痛と問題から解放しなさい」
このように、スワミは苦しみ悩むものがいれば何も考えずにただその人を救うという、純粋な心で行動することが大切なのだと教えています。この「ただ」救うということが、自我を忘れて、愛そのものになる、また苦しんでいる人とひとつになることなのです。これは、私たちが求めている万物とひとつになること、すなわち神と一体になることに通じます。
ナラヤナ セヴァは、このように素晴らしい奉仕活動であることをぜひご理解願い、確信をもってセヴァに参加していただきたいと思います。
最後に、奉仕に携わる私たち帰依者が迷うことなく修行に邁進できるように、スワミにお祈りいたします。
全国奉仕統括
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